がんは、今や日本人の2人に1人がかかると言われ、日本人の死因の一位になっています。
自分や自分の愛する妻や夫が、もしがんと宣告されたらその後の人生をどのように歩んでいくでしょうか。
そんな33歳という若さで乳がんを患った吉濱薫さんとその夫である泰蔵さんが、がんであることを愛する娘や親しい友だちなどに一切話さずに生きていくという実話を綴った感動の一冊をご紹介します。
人気ロックバンドGLAYの名曲「Precious」のきっかけになっている本で、GLAYファンの方にも大人気です。
GLAYの名曲「Precious」の原点!天国の薫 世界で一番キミが好き
ご紹介する本は、吉濱泰蔵さんの著書『天国の薫 世界で一番キミが好き』です。
人気ロックバンドGLAYが2010年9月8日にリリースした通算42枚目シングル曲である「Precious」のモチーフになった実話を元にした本です。
GLAYと言えば、20周年アニーバーサリーイヤーの最後を飾るライブ『20th Anniversary Final GLAY in TOKYO DOME 2015 Miracle Music Hunt Forever』には、デビューのきっかけとなったX JAPANのYOSHIKIも駆けつけピアノ生演奏を披露しました。
2021年12月の25周年ファイナル公演は、「さいたまスーパーアリーナ」での開催と同時に様々な配信プラットフォームで同時配信させ、大成功を納めるなど、いまだ日本のロックシーンをけん引する存在です。
しかし、そのGLAYもデビュー当初から今のような人気を誇っていたわけではなく、様々な苦労の中で日本を代表する存在に登り詰めました。
TAKURO (GLAY) からのメッセージ
帯には、本書をモチーフに作られた「Precious」を作詞作曲したGLAYのリーダーのTAKUROさんからのメッセージが寄せられています。
「Precious」は妻を喪った夫の心情を描いた曲です。今のGLAYじゃないと唄えない、今のGLAYじゃないと背負えない重いテーマに挑みましたそれぞれのメンバーがそれぞれの人生を通して演奏した時、きっとすごい作品になると確信しています。
この曲には題材があり、それがこの本なのです、乳ガンを患った妻と、夫、子どもたちの儚くも美しい実話で、最後まで諦めずに病気に立ち向かった夫婦と家族の姿に心を打たれました。その感動が”誰かの人生をミュージシャンとして、作詞家として、作曲家として思いっきり描いてみたい”という想いとなり、曲として結実したのです。
TAKURO (GLAY)
(画像:天国の薫 世界で一番キミが好き 帯より)
GLAYとの出会い
日本経済広告社という広告代理店で働く吉濱泰蔵さんと妻の薫さんは、泰蔵さんの一目惚れから交際をスタートし、順風満帆の日々を送っていました。
当時日本で一番多いスポット広告であった「カメリアダイアモンド」とX JAPANのタイアップをとり、「カメリアダイアモンド」とX JAPANの人気がうなぎ登りに上がっていくのを実感したと言います。
そこからしばらく経った時に、アンリミテッドレコード社から紹介されたバンドがGLAYでした。
X JAPANのYOSHIKIプロデュースで鳴り物入りでデビューしたGLAYの音楽性は当時から光っていることは、吉濱泰蔵さんの目からみても明らかでした。
しかし、ヒットの決定打を掴めずにいたGLAY。
きっとこの子たちは大化けする。吉浜さん、半年だけでもつきあってくれないか。
吉濱泰蔵|天国の薫 世界で一番キミが好き
という言葉から、GLAYのタイアップに向けて奔走し始めます。
GLAYの音楽性は問題なく、当時GLAYの知名度は上がってきていたものの、アンリミテッドレコードも立ち上げたばかりのレコード会社のため、CDが売れる前支払いを待ってほしいという条件付きでした。
アンリミテッドレコードの社長やスタッフの方の真剣な眼差しを見て、GLAYの成功を信じて、異例の条件を飲み、GLAYのタイアップが決まったと言います。
正直、僕は会社で少々つらい思いをした。
スポットが売れるにつれてGLAYは売れ出したものの、支払いはまだだったからだ。CDが売れても、アーチストやプロダクションにお金が入ってくるのは半年後、うちの会社にお金が入ってくるのはその後だった。GLAYが売れるようにと、薫にも頼んで、よく優先にGLAYの曲をリクエストしてもらった。
吉濱泰蔵|天国の薫 世界で一番キミが好き
「Yes, Summerdays」からGLAYを支えた吉濱泰蔵さん
GLAYが日本のロックシーンの階段を登り始めたきっかけの一つが、 1995年8月9日にリリースされたデビュー6枚目のシングル「Yes, Summerdays」です。
この「Yes, Summerdays」が、当時、日本で一番放映されていた「カメリアダイアモンド」のCMに起用されたことがGLAYの転機になりました。
何を隠そうこのCMのタイアップをとるために走り回ったのが、本書『天国の薫 世界で一番キミが好き』の著者の吉濱泰蔵さんなのです。
GLAY初のCMタイアップとなった「カメリアダイアモンド」の後押しで、「Yes, Summerdays」は20万枚を超える売り上げを記録し、日本中にGLAYの名を一気に広めたのです。
そして、GLAYのリーダーのTAKUROさんはこのシングルの印税により、母親の抱えていた借金を完済できたことを自身の著書の『胸懐』で語っています。
それだけ思い入れのある曲のタイアップをとるために動き回ってくれた恩人の一人が吉濱泰蔵さんなのです。
吉濱泰蔵さんは、「Yes, Summerdays」が好きで、聞くたびに薫さんに恋した時を思い出すと言います。
その後、1999年にJALの飛行機の機体にGLAYがプリントされた通称GLAYジャンボの企画にも、吉濱泰蔵さんは少し関わっていたと言います。
羽田空港まで、薫さんとGLAYジャンボを見に行ったことも本書の中で綴られています。
大切なものは失ってから気が付く
1997年、新婚旅行の思い出の地であるハワイに、家族で旅行に行く、数日前に悲劇が襲い掛かります。
妻の薫さんに乳がんが発覚するのです。その当時、薫さんはまだ33歳という若さでした。
二人の娘さんも、瞳さんが小学3年生、渚さんが小学1年生というまだまだこれから手がかかる年齢の時です。
乳がんは、日本人女性の25人から30人に一人にあたる、毎年約3万5000人が乳がんにかかり、亡くなる人も年間1万人弱いらっしゃいます。
30代から60代の女性のがん死亡原因のトップが乳がんなのです。
泰蔵さんと薫さんはある決心をします。
「2人でがんと闘おう」
吉濱泰蔵|天国の薫 世界で一番キミが好き
愛する娘や友だちや会社の人などには一切がんであるということを隠し、ごく一部の人にのみがんであることを伝え、今までと同じ生活を送ることを決心するのです。
抗がん剤の副作用で抜け落ちた髪を隠すためにカツラを着用し、泰蔵さんは母親の体調が悪い事にして会社を休むことで薫さんの病院への送り迎えは欠かさず行いました。
そんな2人きりの闘病生活を赤裸々に描いた一冊。夫婦の強い絆と愛、そしてがんへ立ち向かう姿勢に感動すること間違いなしです。
何気ない日常は、普段はその有難さを実感することは、ほとんどないと思います。しかし、当たり前だった日常が突如崩れ去った時にその有難さに気が付くのだと思います。誰の身にも、いつ何が起こるかわからないということを、しっかり胸に刻み一日一日を大切にしていきたいと感じさせてくれます。
「人は馬鹿な生き物ね 失うまで気づかない 」
そんなお前の言葉を 独り思い浮かべる
GLAY|Precious より
GLAYのPreciousの中では、「人は馬鹿な生き物ね 失うまで気づかない」と鉤括弧で歌われていますが、これは薫さんの言葉だったのでしょうか。
最後に
GLAYの「Precious」を聞きながら読むことで、感動が増すこと間違いなしです。
本書の中では、夫としての吉濱泰蔵さん、妻としての薫さん、そして新たな命として残された2人の娘さんたちの家族の愛が綴られています。
愛は愛を生み出して そして新たな命まで
あの子が生まれた時の 重さをまだ覚えてる?
なぁ、俺はどんな夫(どんな)だった? お前を幸せにできたのか?
狂おしく愛に満ちた お前それはそれのかけがえのない
Precious Love
Precious Love
GLAY|Precious より
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