人生という壮大なゲームを私たちがプレイをしているとしたら、誰もがゲームをクリアしたいと思うはずです。
橘玲さんは、2019年に『人生は攻略できる』という本を出版し、人生というRPGゲームをクリアするための秘訣を伝えてくれています。
しかし、同じく2019年に『上級国民/下級国民』を発売し、世界は「上級国民」と「下級国民」に分断されていることを明らかにしました。
「下級国民」に落ちてしまえば、「下級国民」として老い、死んでいくしかない。幸福な人生を手に入れられるのは「上級国民」だけという残酷な一冊です。
その衝撃の『上級国民/下級国民』から2年。
待望の続編として、『無理ゲー社会』がリリースされました。
人生というゲームの攻略法は、ますます難易度が上がり、無理ゲー化しています。
無理ゲー社会|橘玲 要約
橘玲さんの『無理ゲー社会』は、『上級国民/下級国民』の続編とも言える1冊です。
現代は、「自分の人生は自分で決める」「すべての人が”自分らしく生きられる”社会を目指すべきだ」というリベラルな価値観が広がっています。
「自分らしく生きる」と言えば、聞こえは良いですが、そうした人生を生きることができているのは、才能のあるごく一部の人間だけです。
大半の人にとって、現代社会は攻略が極めて困難な「無理ゲー」な世界の中に放り込まれているのです。
本書は、そうした「無理ゲー」化したこの世界の謎を解き明かし、攻略のヒントが満載の一冊です。
人生の攻略難易度はここまで上がった。
〈きらびやかな世界のなかで、「社会的・経済的に成功し、評判と性愛を獲得する」という困難なゲーム(無理ゲー)をたった一人で攻略しなければならない。これが「自分らしく生きる」リベラルな社会のルールだ〉(本書より)
才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア。誰もが「知能と努力」によって成功できるメリトクラシー社会では、知能格差が経済格差に直結する。遺伝ガチャで人生は決まるのか? 絶望の先になにがあるのか? はたして「自由で公正なユートピア」は実現可能なのか──。
13万部を超えるベストセラー『上級国民/下級国民』で現代社会のリアルな分断を描いた著者が、知能格差のタブーに踏み込み、リベラルな社会の「残酷な構造」を解き明かす衝撃作。
Amazon より
山田太朗参議院議員がSNSでとったアンケートで衝撃の日本の現状が露わになったのです。
アンケートの結果、経済的な不安を感じる人たちが最も多く、20代は「年金・社会保障」、 30代は「安楽死・尊厳死」に、 40代は「老後・介護・孤独死」に不安を感じはじめていたのです。
なかでも「安楽死・尊厳死」は、不治の病を宣告されたときの死の決定権ではなく、「自殺の権利」を求めるものがほとんどだったという衝撃の結果です。
現代を生きる人の多くが、この世界を攻略不可能な無理ゲーだと感じ始めており、その絶望から「安楽死・尊厳死」を望む人たちに溢れているのです。
本書の中でも度々出てくる『上級国民/下級国民』もとてもおすすめです。
あわせて読まれると理解が増すと思います。
『無理ゲー社会』の目次
はじめに 「苦しまずに自殺する権利」を求める若者たち
PART1 「自分らしく生きる」という呪い
1 『君の名は。』と特攻
2 「自分さがし」という新たな世界宗教
PART2 知能格差社会
3 メリトクラシーのディストピア
4 遺伝ガチャで人生が決まるのか?
PART3 経済格差と性愛格差
5 絶望から陰謀が生まれるとき
6 「神」になった「非モテ」のテロリスト
PART4 ユートピアを探して
7 「資本主義」は夢を実現するシステム
8 「よりよい世界」をつくる方法
エピローグ 「評判格差社会」という無理ゲー
あとがき 才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア
『無理ゲー社会』の著者
1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。近著に『上級国民/下級国民』『女と男 なぜわかりあえないのか』など。最新刊は『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』。
『無理ゲー社会』を読む際の言葉の定義
リベラル
政治イデオロギーのことではなく、「自分の人生は自分で決める」「すべてのひとが”自分らしく生きられる”社会を目指すべきだ」という価値観のこと。
メリトクラシー(⇄対義語:貴族政(アリストクラシー))
身分のせいにすることはできず、成功も失敗もすべて自己責任になること。
上級国民
知識社会・評判社会において、「自分らしく生きる」という特権を享受できるひとたち
下級国民
「自分らしく生きるべきだ」という社会からの強い圧力を受けながら、そうできないひとたち
公平ではない現代社会
本書を読み解くにあたって前提となる「公平(機会平等)」と「平等(結果平等)」について明らかにしておきたいと思います。
この2つの似ているようで全く違う言葉を正しく理解していなければ、現代の格差社会を読み解くことができなくなってしまいます。
橘玲さんは、本書の中でこの言葉について、50m走を例に出して説明しています。
50メートル競走で説明してみよう。
「公平」とは、子どもたちが全員同じスタートラインに立ち、同時に走り始めることだ。しかし足の速さにはちがいがあるので、順位がついて結果は「平等」にはならない。
それに対して、足の遅い子どもを前から、速い子どもを後ろからスタートさせて全員が同時にゴールすれば結果は「平等」になるが、「公平」ではなくなる。
ここからわかるように、能力(足の速さ)に差がある場合、「公平」と「平等」は原理的に両立しない。
橘玲|無理ゲー社会
小学生の運動会であっても、同じスタートラインに立って順位付けがされることに対しては、負けた子供であっても容認するはずです。
人は、「不平等」について憤りを感じるのではなく、「不公平」に対して理不尽だと感じるのです。
2021年1月に国際NGOのオックスファムが発表した『Mega-rich recoup COVID-losses in record-time yet billions will live in poverty for at least a decade』によれば、アマゾンのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)、テスラのイーロン・マスク氏、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグ氏などの世界の最富裕層のトップ10名が2020年3月18日から2020年12月31日までに5400億ドル(約56兆6000億円)相当の資産を増やしたとされています。
こうした事実に対して羨ましさはあっても、こうした人たちを罵倒する人たちはほとんどいません。
格差の何が問題なのでしょうか。
橘玲さんは、格差の問題点として、次の2つをあげています。
1つ目は、競走の条件が公平ではないと考えている人がいることです。
例えば、アメリカを例に取れば、人種差別はなくなったとされていても、未だに黒人には不公平な機会しか与えられてないとされと考える人たちがいます。
2つ目は、競争の結果は受け入れるとしても、自分がその競争に参加させられるのが理不尽だと感じる人が声を上げてきたことです。
自分たちは攻略不可能なゲーム=無理ゲーに同意なく参加させられているという不満が噴出した結果が、世界の至る所でニュースとして報道されるまでになってきています。
「ディープステイト(闇の政府)」が世界を支配しているというQアノンの陰謀論も、資本主義の「システム」がひとびとを搾取・統制しているという「レフト(左翼)」や「プログレッシブ(進歩派)」の主張も、あるいは「ウォール街を占拠せよ」「ジレジョーヌ(黄色いベスト)運動」「BLM(ブラック・ライヴズ・マター)」など欧米で頻発する抗議行動も、その現代的な亜種として理解できるだろう。
橘玲|無理ゲー社会
『天気の子』に垣間見える自分らしく生きるということ
新海誠監督の『天気の子』に、現代社会がいかにリベラルになっているかが象徴されていると言います。
Amazon より
『天気の子』の最後、雲の上に囚われていた陽菜を救い出そうとした帆高は、自分が地上に戻ればふたたび世界は雨のなかに閉じ込められてしまうという陽菜に向かって、「青空よりも俺は陽菜がいい! 天気なんて狂ったままでいいんだ!」と叫ぶ。
これは、世界を救うよりも「自分らしく」生きることを選ぶという宣言だろう。
橘玲|無理ゲー社会
現代社会を生きる私たちにとって、「自分の人生は自分で決める」という価値観に特に違和感はないはずです。
しかし、こうした価値観は、1960年代にアメリカ西海岸のヒッピー文化から始まり、世界中に広まっていったと言われています。
「自由に生きる」という価値観は、たった60年くらいで浸透していった文化に過ぎないのです。
このヒッピーに支持された本が、世界で4000万部の大ベストセラーの『かもめのジョナサン』です。
本書の中では、主人公のジョナサンは、自分の価値観が一緒に暮らす群れとは違うことに気がつき、自分の価値観にあった新たなカモメの群れを探し求めるストーリーです。
しかし、自分らしく生きるということが今の若者の間ではある種の重圧になっているという見方もできます。
2020年から4月1日のエイプリルフールを「嘘」をつくのではなく、「夢」を発信するエイプリルドリームにしようという動きが始まっています。
これに対して、学生のキャリア支援を行う高部大問さんは若者が「夢」に押しつぶされていく「ドリーム・ハラスメント」と名付けています。
至る所で夢が語られ、夢を持つことが当たり前という風潮が蔓延する現代、夢を持てない若者たちには生きにくい時代になっているのです。
かつての日本には、「学校で真面目に勉強すればよい大学に入って、一流企業に就職できる」「よい成績で高校を卒業すればちゃんとした会社で働ける」という暗黙の合意があり、親や教師がいちいちいわなくても、生徒たちは学校から社会へのルートを自然に受け入れていた。
だがいまでは、とりわけ中堅以下の学校で、こうした「きれいごと」で生徒たちに「勉強する(あるいは学校に通う)モチベーション」を与えることが困難になってきた。そこで窮余の一策として、「夢を実現するためにはいま頑張らなければならない」という夢至上主義が蔓延することになったのだという。
橘玲|無理ゲー社会
リベラルな社会は人の繋がりを弱くする
橘玲さんは、誰もが「自分らしく」生きる社会では、社会のつながりは弱くなり、人々は「ばらばら」になっていくと言います。
それぞれの人たちが自分の理想を追い求めれば、全員がばらばらの夢を追いかけていき、離れていくからです。
実際に、アメリカでは1895年から2004年の20年間で親友の数は平均して3人から2人に減り、ゼロという回答も8%から23%へ増加したと言います。
この傾向は日本でも見られており、日本では「孤独死」という言葉も日常になっています。
このように、「リベラル化」する現代社会においてわたしたちはより「孤独」になっている。コロナ禍で孤独や孤立の問題が深刻化しているとして、政府は内閣官房に「孤独・孤立対策担当室」を設置したが、その背景にはこうした状況があるのだろう。
橘玲|無理ゲー社会
橘玲さんは、わたしたちの「つながり」を「愛情空間」「友情空間」「貨幣空間」の三層に分類しています。
- 愛情空間:親子、配偶者、パートナーとの親密な関係
- 友情空間:「親友」を描くとして最大150人くらいの「知り合い」の世界
- 貨幣空間:金銭だけのやり取りだけを介して繋がる茫漠とした世界
そして、現代社会は、愛情空間が肥大化、友情の縮小、それに伴う貨幣空間の拡大が起きていると言います。
人々の広がりに人間の認知能力が適応できていないからだと言います。
今まで友情空間はせいぜい150人くらいで構成されていましたが、SNSで世界中の人たちと繋がるようになり、Zoomなどで今で話すことがなかった人たちと気軽に話す時代になりました。
Facebookの友達の上限は5000人ですが、これは認知の上限の30倍以上に達しており、かつて人類が経験してきた人間関係とは全く違う形の「つながり」に変化していく必要があります。
テクノロジーの進歩によってわたしたちは社会的に孤立するようになったといわれるが、これは現実に起きていることを取り違えている。実際には、わたしたちはより多くのひとたちとつながるようになり、人間関係は過剰になっている。それがなぜ「孤独」と感じられるかというと、広大なネットワークのなかに溶け込み、希薄化しているからだ(ここでアニメ『攻殻機動隊』の 草薙 素子 の科白「ネットは広大だわ……」を思い浮かべたひともいるだろう)。
橘玲|無理ゲー社会
橘玲さんは、「リベラル化」によって、次の3つの変化がもたらされると言います。
リベラル化の潮流で「自分らしく生きられる」世界が実現すると、必然的に、次の3つの変化が起きる。これらは相互に作用しあい、その影響は増幅されていく。
① 世界が複雑になる
② 中間共同体が解体する
③ 自己責任が強調される
橘玲|無理ゲー社会
リベラルを追い求める人たちは、リベラルな政策で社会問題を解決していこうとします。
しかし、実際には、さまざまな社会問題を引き起こしている要因こそ、このリベラル化の流れなのだと言います。
メリトクラシーのディストピア
マイケル・ヤングが作った造語である「メリトクラシー」は、生まれや身分によってではなく能力と業績によって社会的な地位が決まりますが、その背景には次のことがあると言います。
「教育によって学力はいくらでも向上する」「努力すればどんな夢でもかなう」という信念がある。これこそが、「リベラルな社会」を成り立たせる最大の「神話」だ。
橘玲|無理ゲー社会
こうしたリベラルな社会では、人種・民族・国籍・性別・年齢・性的嗜好などの本人が選択できない属性による選別は「差別」とみなされ、タブーとされています。
しかし、入学や採用、昇進にあたって人々を区別する必要があり、そのためには属性以外で評価をいなければなりません。
その評価基準が、「学歴・資格・経験(実績)」などにあたり、これらのものは本人の努力によって向上できるとされています。
これこそが「リベラル」の信念になっているのです。
かつては、生まれた人種や民族、階級などの属性によって人生が決まっていたため、不遇な生まれだったとしても、自分のせいではなく、生まれた環境のせいにすることができました。
しかし、本人の努力の結果によって評価されるメリトクラシーの中では、その矛先は周りのせいにすることはできず、自己責任という形で自分の身に降りかかります。
メリトクラシーは貴族政(アリストクラシー)より公平だが、だからこそより不平等で残酷だとヤングは考えた。階級社会では、自分が成功できない理由を社会制度の責任にできる。だがメリトクラシーでは、すべてのひとに公平に機会が開かれているのだから、「自分が本当に劣等であるという理由で、自分の地位が低いのだと認めなくてはならない」のだ。
橘玲|無理ゲー社会
現代は、個々人が努力によって得た「知能」で分断されているのです。
この分断こそが、橘玲さんが前著の『上級国民/下級国民』で述べている格差なのです。
遺伝ガチャで人生は決まるのか?
いくら努力で人生がどうにかなるといっても、「遺伝」を自分が頑張れない理由にあげる人たちもいます。
本書や、本ブログを読むような人には、想像できないと思いますが、日本人のリアルの現状が次のデータから読み取れます。
①日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない
②日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない
③パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない
④65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない。
さらに驚くのは、この惨憺たる結果にもかかわらず、すべての分野で日本人の成績は先進国で1位だったことだ。
橘玲|無理ゲー社会
では、こうした「知能」の差は、「遺伝」で決まっているのでしょうか。
行動遺伝学者のエリック・タークハイマーが発表した「3原則」が非常に役立ちます。
- 第1原則 ヒトの行動特性はすべて遺伝的である
- 第2原則 同じ家族で育てられた影響は遺伝子の影響より小さい
- 第3原則 複雑なヒトの行動特性のばらつきのかなりの部分が遺伝子や家族では説明できない
最も重要なのが、第3原則で「個性(わたしらしさ)には遺伝と子育て以外のなにか強い影響がある」ということです。
このなにかとは、「非共有環境」を指します。
行動遺伝学では、「こころ」を「遺伝率+共有環境+非共有環境」で説明しています。
- 遺伝率:外見、性格、精神疾患などのさまざまなばらつき(分散)を遺伝要因でどれだけ説明できるかの指標
- 共有環境:「きょうだいが同じ影響を受ける環境」のことで、一般には家庭環境(子育て)とされている
- 非共有環境:家庭内の非共有環境としては、「家族構成(生まれ順、性差)」「きょうだい関係(きょうだいへの嫉妬)」「子育て(子どもへの愛情のちがい)」などがある。家族外の非共有環境としては「学校や地元の友だち集団」「教師」「ソーシャルメディア」など一人ひとりが異なる体験をする環境が考えられる。そのなかでももっとも影響力の大きいのがピアグループ(友だち集団)で、発達心理学者のジュディス・リッチ・ハリスは、子どもの人格形成に決定的なのは「友だち集団内の地位争い(キャラづくり)」だと述べた。
では、それぞれのパーソナリティは、どのくらい遺伝率・共有環境・非共有環境が影響しているのでしょうか。
下記の表に一部をご紹介しています。
パーソナリティ | 遺伝率 | 共有環境 | 非共有環境 |
---|---|---|---|
やる気 | 57% | 0% | 43% |
集中力 | 44% | 2% | 55% |
記憶 | 45% | 3% | 52% |
計算 | 56% | 13% | 32% |
認知 | 55% | 18% | 27% |
言語 | 46% | 22% | 32% |
学歴 | 50% | 25% | 26% |
仕事と雇用 | 37% | 0% | 63% |
親密な関係 | 35% | 0% | 65% |
家族関係 | 28% | 6% | 66% |
インフォーマルな 社会関係 | 32% | 59% | 10% |
子育ての問題 | 27% | 34% | 40% |
基礎的な人間関係 | 30% | 36% | 34% |
健康への気遣い | 44% | 13% | 43% |
宗教宗教と スピリチュアリティ | 36% | 21% | 43% |
パーソナリティ障害 | 44% | 1% | 56% |
感情の不安定性 | 35% | 19% | 46% |
この方からわかるように、自分の知能が低い理由を遺伝のせいにすることができるのは、一部であり、仕事などに影響する多くの部分は、非共有環境による影響が大きいことがわかります。
平均付近のほとんどのひとにとっては、「氏(遺伝)が半分、育ち(非共有環境)が半分」ということだ。人生のあらゆる場面に遺伝の影が延びているから、自由意志に制約があることは間違いないとしても、だからといって生まれ落ちた瞬間にすべてが決まっているわけではなく、自分の手で運命を(ある程度)切り開いていくことはできるはずだ。
橘玲|無理ゲー社会
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資本主義はユートピアを実現できたのか
橘玲さんは、資本主義が世界中に広がっていった理由として、「夢をかなえたい(自己実現)したい」と願い人たちにとって魅力的なシステムだったからだと言います。
正規分布とベキ分布がありますが、富についても正規分布したら大きな不平等感は起こりません。
1標準偏差に約7割の人が分類され、その外側のそれぞれ1標準偏差ずつに27%の人たちが分類されるため、中流階級に95.4%が分類されます。
しかし、実際には富はベルの頂点が左側により、中間層が減ると同時に、貧困層と富裕層が増えていきます。
実際には、富の分布は正規分布ではなく、ベキ分布になり、次の図のようになっていきます。
富の分布が同じベキ分布なら、最終的には「中流」は崩壊し、ショートヘッドの「下級国民」とロングテールの「上級国民」に分断される。これがアメリカで起きていることで、日本やヨーロッパもそれに続くことになるだろう。前著『上級国民/下級国民』で述べたように、こうして「前期近代(ベルカーブ)」から「後期近代(ロングテール)」への移行が完結するのだ。
橘玲|無理ゲー社会
この格差に対して、アメリカの歴史学者のウォルター・シャイデルは、「平等な世界」をもたらすものは「戦争」「革命」「(統治の)崩壊」「疫病」の四騎士だと言いました。
日本でも、近代を見るだけでも、議論はあるものの明治維新は革命だったと広く認識されていますし、第二次世界大戦敗戦といった、この四騎士によって一気に世の中がリセットされています。
新型コロナウイルスという世界を襲った「疫病」は、残念なことに「平等な世界」をもたらすほどのインパクトはなく、ますます格差は広がっています。
世界一の大富豪はアマゾン創業者のジェフ・ベゾスで、その純資産は約20兆円だが、ロングテールの右端に1人だけぽつんといるわけではなく、イーロン・マスクがほぼ同額で並んでいる。米経済誌『フォーブス』の2021年版世界長者番付では、世界には資産10億ドル(約1100億円)を超える「ビリオネア」が2755人いて、前年より660人増えた。その総資産は13.1兆ドル(約1441兆円)で、日本のGDP(5兆ドル)の3倍ちかく、中国のGDP(14.7兆ドル)に匹敵し、アメリカのGDP(21兆ドル)の6割を超える。
橘玲|無理ゲー社会
クレディ・スイスが発表している『グローバル・ウェルス・レポート』によれば、純資産で100万ドル(約1億1000万円)を超えるミリオネアは、世界で4680万人もいると言います。
日本では、約7.4%の世帯がミリオネアであり、経済格差が拡大して貧困が社会問題になる一方で、街を歩けばそこら中にミリオネアがいるのです。
こうした格差を是正する議論は尽きないですが、その1つが超富裕層への課税ですが、それも根本的解決には至りません。
計算すれば、明らかですが、橘玲さんは下記の指摘をしています。
「10億ドル超の資産に10%」というのは超富裕層に対する懲罰的な課税だが、仮に数十年前から高率の超富裕税を課したとしても、マーク・ザッカーバーグの2018年の財産は210億ドルに達していた(同年の実際の財産は610億ドルで、およそ3分の1に縮小した)。ザッカーバーグの財産が、はじめて10億ドルを超えた2008年以来、年40%の割合で増加しているからで、「年率10%の富裕税を課しても、これほどの勢いで増加する資産は抑えられない」のだ。
しかしビル・ゲイツ場合、10%の超富裕税によって2018年の970億ドルが40億ドルほどへと25分の1まで縮小する。ゲイツはすでに30年以上にわたり10億ドルを超える財産を所有しているため、「高い富裕税による財産を削り取られる期間」も長くなるのだ。
橘玲|無理ゲー社会
ビル・ゲイツほどの長期間にわたって天文学的な数字の収入を得続けている人にとっては、重い税金を取ることによって多少の影響は出てきます。
しかし、仮にそうした暴利な税金を徴収したとしても、ビル・ゲイツはビリオネアになっており、格差をなくすという根本的な問題は解決できません。
また一部の超富裕層にだけ法外な税金を取ることは倫理的な問題も付き纏いますし、そもそもこうしたビリオネアたちの資産のほとんどが自社の株式のため、現実的ではないのです。
お金は分配できるが、評判は分配することができない。
橘玲さんは、富の不均衡はいつか是正されると言います。
なぜなら、お金は分解できるからです。
お金を平等に分配することができたならば、ユートピアが訪れるのかというと、そこにも疑問が残ります。
なぜなら、評判は分配することができず、新たな格差である「評判格差社会」がやってくるからです。
テクノロジーの進歩で「とてつもなくゆたかな世界」が実現し(温暖化問題もなんらかの方法で解決され)、経済格差がなくなったとしよう。労働はロボットが行ない、世界のすべてのひとが「健康で文化的」な生活ができるじゅうぶんな貨幣を国家(世界政府)から分配され、働かなくても生きていけるようになる。
このような”人類の夢”が実現したら、なにが起きるのか。それが「評判格差社会」への移行だ。
(中略)
わたしたちがこれから向かっていく(とされる)「とてつもなくゆたかな社会」では、女は子育てのために男の手を借りる必要がなくなるだろう。これは熱帯の鳥たちと同じ環境なので、必然的に、男の「競争」と女の「選択」がより明確に表われてくることになる。
すなわち、「リベラル」が目指すユートピアでは、モテ/非モテ格差がかぎりなく拡大していくのだ。
橘玲|無理ゲー社会
まとめ
大ヒット作の『上級国民/下級国民』の続編的な存在ということもあり、非常に読み応えがある一冊です。
国内外の様々な文献や、流行りの映画などからの引用などもあり、難解なテーマにも関わらず、どんどん橘玲さんの世界へ引き込まれていきます。
世界を襲ったパンデミックで人々は孤独をより身近に感じるようになりましたが、この流れは必然であり、「リベラル」というそれぞれの人が自分の理想を追い求める世界では、人々はよりバラバラになる運命だったように感じます。
そんな中でも、SNSなどを通じ、世界中の人たちが気軽に繋がれるようになった今、新たな共同体のなかで、同じ価値観の人たちがつながり合う時代になっていると思います。
かつては、生まれた環境によって人生が決まり、うまくいかない理由は生まれのせいにすることができましたが、日本でも数十年前からメリトクラシーの世の中になり、努力と実力で人生を動かせる時代になりました。
人生を自分で決められるが、そこに孤独が付き纏うのであれば、テクノロジーを駆使して、価値観の合う人たちを繋がっていくのが最善の策に感じます。
夢を持てない人たちには厳しい世の中ですが、本書の中で述べられているように遺伝的な問題で人生は決定づけられることはありません。
後天的に得られた才能の多くは、家庭環境ではなく、友人などの環境によるものが多いことがわかっています。
いずれ、富の不均衡がなくなった時そこには「評判格差社会」が到来します。
その時代に備えて、今から評判を得られる人間成長をしていくことで、資本主義社会でも成功をおさめ、残酷な無理ゲー社会を攻略できるのではないでしょうか。
本書の前に書かれた『上級国民/下級国民』も合わせてお読みにいただくと理解が深まると思います。
また、本書は現代は攻略が困難な無理ゲーになっていると言っていますが、橘玲さんは2019年に発売した著書で人生は攻略可能だとも述べています。
その名も『人生は攻略できる』です。
こちらもとてもおすすめです。